老兵仰ぐは闇色ソラか



 その夜、世界は蒼に彩られていた。


 草も、木も、山も、川も、星も。
 全てが、蒼かった。
 全てが等しく、蒼く染め上げられていた。

 それを何の感情も見せずに、しかし悠々と見つめるモノがある。
 満点の星々と共に闇夜の波間に浮かぶ、蒼白色の畏れ多いモノ。
 全てを蒼くした元凶は、ただ静かに眼下の全てを見下ろしていた。
 静かに、何の感慨も覗かせずに、ただじっと――

「……蒼く尊い月、か」

 呟きは、見下ろされる地上の物からだった。
 地上の極一部でしかない小さな丘に直に腰を下ろす、地上に蠢く者の極一部でしかない小さな存在。
 その小さな存在である一人の老人は傍らに置いた徳利に手もつけずに、ただじっと蒼白の珠を見上げていた。

 一見すると痩せ衰えているかのように見える細い体は、よくよく見ると年相応とは思えない程に引き締まり、あちこちには付けられた年代も様々な刀傷が垣間見える。
 無造作に伸びている頭髪と口元を覆う髭は老いた白髪ではなく煌く白銀であり、頭上を静かに見つめる顔には老人の生きた年月を物語るかのように深い皺が幾つも刻み込まれていたが、鋭く細められた蒼い眼光はこの上なく雄々しい印象を受ける。
 そして彼の傍らにふよふよと浮かぶのは、奇妙な帯を引く白色の球体。これこそが、老人が【半人半霊】という幻想郷内でも他に類を見ない程に珍しい存在であるという事を、何よりも如実に語っていた。



 老人の名は、魂魄妖忌。
 現在の白玉楼の専属庭師兼お嬢様の警護役を務める魂魄妖夢の先代に当たる元庭師であり、剣の師匠にして祖父でもある。



 不意に妖忌は上空の星月夜から目を逸らすと、傍らの徳利を無造作に引っ掴み小さな杯に中身を注ぎ始める。
 とくとく、とくとく、と。
 独特の音と共に透明な液体で満たされたそれを、妖忌はじっくりと覗き込んだ。
 透明な液体の中で、閉じ込められたかのように恭しく映る、蒼白色の畏れ多いモノを。
 随分と大人しくなった杯の月を、彼は一片の躊躇も無く飲み干した。
 透明色の液体と閉じ込められた蒼白が、ゆっくりと彼の人間部分の中を通り過ぎていく。
 喉元を通り過ぎ奥へ奥へ、ただひたすらに堕ちていく。
 感じるのは、体の奥底を揉み解されるような、熱いとも温かいとも取れる熱。

「――ふっ」

 静かに目を閉じながら、妖忌は笑った。口元をほとんど動かす事無く、あくまで静かに笑った。
 犯し難いモノを閉じ込め一息に飲み干した、己の行為を自嘲するかの様に。
 半分だけの人間部分で感じる甘美な熱を、ただ慈しみ噛み締めるかの様に。
 魂魄妖忌は、頭上に構える蒼白の畏れ多いモノを見上げながら、しかしその閉じた目を開ける事はしないまま、ただ静かに笑みを零していた。



「随分と美味しそうね、私にも頂けないかしら?」



 艶やかな声の出所はすぐ傍らからだった。
 特に驚きも見せずに、しかし若干の警戒しながら妖忌は目を開けて振り向く。
 そこには予想した通りの姿をした、一人の妖怪が立っていた。

 紫紺を基調とした和洋折衷とは言い難い珍妙なドレスを着こなし、夜だというのに仰々しい程に飾り付けの施された日傘を差している一人の女性。
 豪奢な黄金色の波打つ長髪を王冠の様に被る顔は、絶世の美女という謳い文句が陳腐な表現に思える程に美しく、そして中身が無かった。
 胡散臭い。女性を――その妖怪を見た誰もが、一番初めに思い浮かべる単語だ。



 妖怪の名は、八雲紫。
 マヨヒガという場所で一年の大半を惰眠で過ごす、境界を操る程度の力を持つ大妖怪である。



「……」

 妖忌の返事は無言と――差し出された、透明な液体の注がれた小さな杯だった。
 声無き了承に対し、紫は可笑しそうに微笑みながらそれを受け取り、半人半霊の傍らに腰掛けながら杯を傾ける。
 ほぅ、と艶かしい吐息が耳朶を打つが、妖忌はそちらに全く注意を向けない。ただただ、杯の内に閉じ込められた蒼い月を見つめているだけである。

「つれないわねぇ。こんな綺麗な女が一緒に飲んでいるのに、全く相手にもしないなんて」

 自分に気を向けない相手にげんなりしたのか、紫は退屈そうな声をあげた。
 尤もその顔には、相変わらずの可笑しそうな微笑みが広がっていたのだが。

「――文句を言う為だけに、わざわざここに来たのか?」

 間違っても冗談など話さないであろう重厚な声色が、妖忌の口から漏れる。
 重々しい程に重いその声は聞く者に、打ち鍛え尽くされた鋼を想像させるだろう。それ程までに彼の声からは、重々しい威圧感と重厚な気迫が滲み出ていた。

「まさか。珍しい顔を見つけたから、ちょっと覗きに来ただけよ」

 女子供のみならず、大の男でさえも畏縮してしまいそうな声を聞いても、八雲紫は面白おかしそうに微笑み返しただけだった。
 うふふ、と上品に口元を手で覆いながら笑うその姿は、男のみならず女でさえも魅了してしまいそうな程に、美しい。
 だが忘れてはいけないし、騙されてもいけない。彼女は――八雲紫は、大妖怪以外の何者でもない。その口元から覗く白い歯は人肉を喰らい、言の葉を奏でる艶かしい舌は魂までも絡め取り飲み込んでしまうのだから――

「……」
「そんなに怖い顔しなくても大丈夫よ、本当に覗きに来ただけだから」
「……なら、いいんだがな」

 ちびりちびりと、舐めるように杯の液体を飲みながら妖忌は、一片も緩んでいない警戒の視線で紫を射抜く。それに対して視線を向けられた本人は、妖忌に全く気を向けずに気楽そうな表情で手酌をし、再び杯を傾ける。
 美味しそうに飲む大妖怪ばかりを見ていても仕方が無いので、妖忌も視線を杯へと戻す。
 しばらくの間、二人が思い思いに杯を傾ける音だけが聞こえる。



 ◆◆◆◆◆



 一本目の徳利が空になり、二本目の徳利の中身も後少し、という時だった。

「――あら、やっと持つようになったのね」

 唐突に声をあげたのは紫だった。それだけ言って彼女が指差したのは、妖忌の腰に備え付けられた二本の刀。
 一本は打刀、もう一本は短刀のそれらを、紫は少しだけ興味あり気に見つめている。

「あれから今までずっと、刀なんて持たなかったのに」
「……やはり、腰に何か無いと落ち着かんのでな。尤も、あいつに残した【楼観】と【白楼】に比べれば、これなど赤子の玩具にも等しいが……」

 杯から紫へと視線を転じさせながら、妖忌は静かに呟く。その声は相変わらず重々しい程に重厚だったが、それでも若干の懐かしさも混じっているのが感じられた。
 あいつ、というのが誰なのか、紫には容易に想像がついた。目の前の杯を傾ける一人の剣士が、こんなにも懐かしそうな顔で語る人物は二人しか居ないのだから、それこそ赤子の手を捻るよりも簡単に理解できた。

「無いよりはマシ、そんなところだ」

 妖忌はそんな紫の思考など気にもかけずにそのまま黙り込むと、再び手の中に納まっている杯へと視線を落とす。
 しかし彼の瞳は実際には、液体に閉じ篭る蒼い月を見ていなかった。何処か遠くを見つめるような瞳は、何か尊く懐かしい物を慈しむかの様に細められている。

「――そろそろ、戻って来てもいいんじゃない?」

 だからこそ紫は、試しに問い掛けてみた。
 注意していなければ聞き逃してしまいそうな程に小くて、だからこそ何もかもを受け入れるくらいに柔らかい声色で。

「それは、出来ないな」

 だが即座に帰って来た返答は、鋼の様に強固で頑なな声だった。
 紫へと振り返った妖忌の顔には既に、先程までの過去を振り返っていた面影は微塵も無い。

「俺はもう、あいつに後を継がせた。俺が任されていた事は、全てあいつに任せた。それなのにいつまでも俺があそこに居ては、あいつも事に集中できないだろう。ただでさえあいつは、いつも俺の目を気にしていたんだからな」
「へぇ〜、気付いていたのね」
「これでも一応、師匠であり先代庭師でもあるからな。それに――」

 ここで妖忌は一瞬、少しだけ躊躇うかのように言葉を止める。
 だが、それも束の間。すぐに口を開き始めた。

「――それに、堅苦しい事しか言えない爺がいつまでも居ても、幽々子お嬢様は嫌がる――」
「あら、幽々子には随分と他人行儀な言い方をするのね。妖夢はあいつ呼ばわりなのに」

 うふふ、と可笑しそうに微笑みながら即座に遮る紫に対して、妖忌は口元を少しだけ歪めて押し黙る。
 その苦々しげな表情は、紫に口を挿まれた事により浮かんだ物なのか――もしくは、その内容により浮かんだのか――あるいは、その両方なのか――
 そんな些細な事はどうでも良い紫は、普段と同じの胡散臭くて信用ならない笑みを浮かべながら、ゆっくりと妖忌へと呟いた。





「昔は……幽々子が生きていた頃には、主従を感じさせない程に仲睦まじかったのにねぇ」





「……昔の話だ」

 ねっとりと絡みつくような紫の言葉にも、妖忌はほとんど動じずに、ただ一言だけ答えただけだった。

「昔の話、ねぇ。でも幽々子は、今も亡霊として冥界に住んでいるわよ……勿論、これからもね」

 取り付く島もない妖忌に対して、紫は遠慮なく言葉を続けている。
 徳利を手に取りながら手酌をする様子からは、真剣味という言葉は全く感じられない。

「ふぅ、美味しいわね、これ」

 水でも飲むかのように自然な動作で透明な液体を飲み干すと、嬉しそうにそれだけを口にする紫。その顔は少しも赤味を帯びておらず、酔っている様な印象は微塵も窺えない。
 空になった杯を弄びながら紫は、特に何も感じられない声色で妖忌へと静かに問い掛けた。

「ところで、貴方が冥界を後にした本当の理由、いい加減教えてくれないかしら?」
「……気付いていたのか」
「当然よ。さっき言ってた妖夢の事も嘘ではないけど、本当の理由ではない。どうせ、そんなところでしょう?」

 何処からか取り出した徳利で、再び自分の杯へ透明な液体を注ぎながら、紫は自然に尋ねる。
 余りに自然なその動作に、妖忌の口から苦笑の声が漏れた。

「ふっ……お前は、昔と何一つ変わらないな、八雲紫」

 それだけを言うと、杯の内に沈む蒼白色の珠に視線を落とす妖忌。
 しばらくそれをじっと見つめていたが、やがて口を開くと、静かに静かに語り始めた。



 ◆◆◆◆◆



「幽々子お嬢様……幽々子は最期に、俺にこう言ったんだ。『再び生まれてくる私が、どうか道を踏み外さないように見守って』とな」
「へぇ〜、それは初耳」
「俺は幽々子の――惚れ込んだ一人の女の最期の願いを、どうしても叶えてやりたかった。だから、記憶を無くしていた今の幽々子には、随分と厳しくあたっていた。初めの頃の幽々子は、無為に死に誘う行為を楽しんでいたから、特にな」
「確かに、あの頃の幽々子はかなり節操が無かったわ。貴方の態度が厳し過ぎるって、私にしょっちゅう愚痴も言ってたし」

 紫の言葉に、妖忌の口元が少しだけ綻ぶ。
 だが即座に元の厳しい顔つきに戻ると、続きを語り始める。

「月日が経つにつれて、幽々子も段々と死に誘う行為を自重し始めた。それによって心身に余裕の出来てきた俺は、亡霊の幽々子が俺を疎ましく思っている事に、その時ようやく気が付いたんだ……」

 杯の中身を飲み干す事も忘れたかのように、妖忌は一言一言を噛み締めるように呟いていく。
 彼の脳裏には今、自分を心の底からの笑顔で見つめる生前の幽々子の姿が、泡となって消えていく光景が浮かんでいた。

「俺には、耐えられなかった。生前の幽々子の願いと、亡霊の幽々子の視線に、板ばさみにされて……どちらかを選ぶのは、俺には無理だった。どちらの幽々子も、俺が惚れ込んだ幽々子に、間違いは無かったからな」
「……だから、妖夢に任せて冥界を去ったのね」
「あいつなら――妖夢なら、俺とは違って幽々子も気を許せるだろうと思ったからな。妖夢に後を継がせて、俺は冥界から――幽々子の下を去った」

 そこまで言って、ずっと手に握っていた杯をようやく傾ける妖忌。
 口に広がり、体の奥底でも広がる熱は、先程とは違い何処かほろ苦い物を感じさせた。

「……貴方も随分と、不器用な男ね。どちらか片方だけを取るって選択肢は、無かったのかしら?」
「言ったはずだぞ。生前の幽々子も亡霊の幽々子も……俺が生涯でただ唯一、惚れ込んだ女だという事に変わりはない、とな」
「……それを不器用って、言ってるんじゃない」

 強く頑なな意思と共に吐き出される妖忌の言葉に、さしもの紫も苦笑が込み上げてしまう。
 仮に彼がここまで不器用ではなく、もっと割り切った考えをしていれば――魂魄妖忌は今も、冥界の白玉楼で庭師を務めていたかもしれない。
 だがそれは、あくまで仮の話である。現に魂魄妖忌はこの何も無い小高い丘の上で、直に腰掛けて蒼い月を見上げながら、ゆっくりと手酌をしていたのだから。

「風の噂によれば、あの二人は上手くやっているらしい。むしろ俺が庭師を務めていた時よりも、冥界は明るく賑わっていると聞く。ならば、俺が帰る必要など何処にある? 帰っても、事態をややこしくするだけだ」
「――貴方は、それで良いのかしら?」

 紫の声は、何処か儚げな物を含んでいた。
 彼女の顔には相変わらずの胡散臭い微笑みが浮かんでいたが、その瞳に映る感情は何処までも澄んだ色をしていた。
 目の前の男の――魂魄妖忌という一人の剣士の全てを、見透かしてしまうかのように。



「――老兵は死なず、ただ消え去るのみ――この言葉を教えてくれたのは、確かお前だったな、八雲紫」



 その視線を、妖忌はただ見つめ返しただけだった。
 睨み返さずに、逸らしもせずに、何処までも真っ直ぐに。

「つまりは、そういう事だ」
「――不器用で、何処までも真っ直ぐ……貴方も、何一つ変わっていないわね、魂魄妖忌」

 昔を懐かしむかのように目を閉じて、紫は静かにそれだけを言った。
 そして手に持っていた、空となった杯を地面に置くと、そのまま音もたてずに立ち上がる。

「……帰るのか?」
「ええ。久々に、こんな真冬の夜に起きたから、眠くて仕方がなくって……」

 わざとらしく、大きく口を開けて、欠伸真似をする紫。
 しかしすぐにそれを収めると、先程見せた、全てを見透かすような澄んだ瞳を、妖忌に向けた。

「これは私の勘なんだけどね、妖忌」
「……なんだ?」
「――貴方は、もうじき白玉楼に戻る事になるわ。一時だけか、それともまた住むのかは分からないけど……帰る事に、間違いはない」
「……勘であるのに、間違いは無い、と言うのか?」
「ええ。何と言っても、私の勘ですもの」

 うふふ、と笑みを零す紫。自信たっぷりに言い切った彼女の瞳は、既にいつもと変わらない物へと戻っていた。
 胡散臭くて、掴み所が無くて、何処までも霧の様に不透明で曖昧な、八雲紫が持つ、独特のその色へと。

「じゃあ、もう帰るわね。お酒、ご馳走様。中々美味しかったし、楽しかったわよ」

 颯爽と踵をかえすと、彼女はもう振り返ることは無かった。
 何処かへと静かに歩を進めていき、段々と景色に溶け込むかのように姿が透けていって――そのまま消え去りながら、帰ってしまった。

 昔と――敵と見なして、即座に斬りかかった時から変わらない、飄々としてあっさりとした、紫らしい立ち去り方だった。
 思わず口元から笑みが漏れてしまうが、すぐに引き締めてそれを掻き消すと、闇色の空を仰ぐように見上げる。
 墨染めの様に真っ黒な空に浮かぶ、大小様々な星々と、それらを蒼く染め上げる畏れ多いモノを目の肴にしながら、妖忌は再び杯を傾けた。
 徳利の中に液体は一滴も残っておらず、この小さな杯に並々と注がれた透明な液体で、もう最後。
 だが、そんな終わりが近づいている事など全く気にも留めずに、彼は杯の中身を一息で飲み干した。

 じんわりと、体の奥底を満たしていく優しい熱。それに、生前の幽々子の面影が重なる。
 自分の何もかもを受け入れ、それでいて新しい温もりも与えてくれた、生涯でただ唯一惚れ込んだ、その柔らかな面影が鮮明に浮かび上がる。
 だがそれは、もう手の届かない物。
 既に過去へと置き去りにされ、決して取りに行く事の叶わない、大事で大きな、たった一つの忘れ物。

 手の届かない、脳裏に浮かんだ柔らかな幻は、優しげな熱が冷めていく感覚と共に、泡となって消えてしまった。
 妖忌の瞳に映るのは、墨染めの夜に咲く、小さな星々と大きな蒼い月だけ。間違っても、彼が心の奥底から求めていたヒトは、何処にも居ない。
 何処にも居ないし、居るはずも無い。

「……戻る事になる、か」

 根拠も無く、しかし自信たっぷりに言われた言葉が、脳裏に蘇る。

 冥界に――白玉楼に、再び帰る。

 妖忌の思いは、複雑だった。
 成長した、妖夢と再会する事。今はだいぶ落ち着いたと言われる、幽々子と再会する事。
 それだけを思い浮かべたなら、これ程に嬉しく心躍る事は、他に類を見ない。
 だがしかし、それと同時に何かしらの慙愧の念もこみ上げて来る。
 生前と亡霊の幽々子との違いにケジメをつけずに耐え切れなくなって、妖夢に事の全てを押し付けるようにして冥界を後にした事実。
 それが、今の彼に重く圧し掛かってくるからだ。

「結局、俺は今も、ただ逃げているだけなのかもしれないな……」

 空になった杯をじっと見つめながら、掠れる声で呟く。
 呟きは、流れるように闇に攫われていって、何処かへと溶け去ってしまった。



「――なぁ、幽々子。俺は、どうすればいいんだ――」



 畏れ多いモノを仰ぎ見る、魂魄妖忌。

 その問い掛けに、答えてくれる者は、誰も居ない。

 何処にも居ないし、居るはずも無い。

 受け取る者の居ない問い掛けは、蒼い月に届く前に力尽き、そのまま墨色の空に、いとも簡単に呑み込まれてしまった。




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