人と妖が擦れ違い入り乱れ、それでも共に生き続ける楽園――幻想郷。 大概は、安穏とした空気に包まれた――時折、気紛れのように強大な異変も起きるが――至って平和な、閉ざされた郷だ。 それ故か。或いは、常人より幾分か傾斜した嗜好を持つ変わり者が多い為か。 愚かな事に此処には、自分からその平和な空気を打ち砕く輩が、少なからず存在する。俗に言う、トラブルメーカーと呼ばれる者だ。 トラブルメーカー。 幻想郷に住まう変わり者の少女達ほとんどに、当て嵌まるであろうこの言葉。 仮に、張本人である彼女達に向かって『トラブルメーカーとは誰か?』と問い掛けたならば。恐らく大抵の者が、こう答えるだろう。 霧雨魔理沙、と。 「さっくり貰ってくぜ」 それは、日常へと溶け込んでしまった、図々しい略奪。未来永劫続くと思われる、不毛で物騒な昼下がり。 しかし人間と云う生き物は、唐突に日常を変化させたくなる者だ。 「……本ばっかりも、ちょっと飽きたなぁ」 切欠は、何気無い一言だった。 「今回は少し、趣向を変えてみるか」 黒白の魔法使いは、乙女色の瞳の奥に狩人としての本能を燃やし始める。 心決まれば、後は早い。霧雨魔理沙の行動理念は考えるより行動派≠ネのだから。 「……私の、力?」 「ああ、お前の力が必要なのさ、ウドンゲ」 「ウドンゲ言うな」 美脚一閃。 鈴仙のハイキックは白い軌道をすらっと画き、黒白の顎を見事に捉える。 かる〜い脳震盪と共にドロワーズ丸出しで可愛らしく転げる魔理沙だったが、それを為した容疑者の視線は冷たい物だった。 「み、見事だぜ……是非とも、その力を貸してほしいんだ」 「……まあいいわ。で、理由は?」 「なあに、簡単な事だよ」 帽子を整え、魔理沙はワザとらしい気障な笑みを浮かべた。 「面白そうだからだ……好きなんだろう? 派手な荒事?」 「…………ふ〜ん、よく分かっているじゃない」 兎の耳の形状に酷似した、人工細胞で構築される戦略性器官。それが、主の感情に呼応するかのようにピコピコと蠢く。 月の技術の結晶――試験管ベビー、鈴仙・優曇華院・イナバは好戦的な笑みで頷いた。 「その話、乗ったわ」 「で、今度は私? 随分と珍しい人選ね」 「銃とくれば、次は刀。お約束だろ?」 「……本当?」 「本当だぜ、幽々子にも聞いてみな」 庭師は難しい顔でしばらく考えた後に、屋敷へと入ってしまった。真面目な彼女の事だ。恐らく本当に、主へと問い掛けに行ったに違いない。 やがて、得意気に待ち続ける魔理沙の前へと現れた魂魄妖夢の顔は、渋々とした難しい表情をしていた。 「未だに納得出来ないけど……幽々子様が行けって言ったから、付いて行くわ」 「そりゃ助かる。で、幽々子は何て言ってた?」 相変わらずの、ワザとらしい気障な笑み。しかしその顔は、妖夢の口から飛び出てきた言葉によって若干引き攣ってしまう。 「泥棒に銃使い。そして実直な侍と、裏で全てを巧みに扱うグラマラスは必要でしょ。と、言ってたけど……まさかそれって――」 「流石だな、幽々子の奴」 庭師の言葉を、黒白は最後まで聞かなかった。苦虫を噛み潰したような声色で、呻くように呟く。 「美味しい所だけ持っていかれないように、注意しよっと」 かくして、三人――もとい四人は、思惑も様々に手を取り合う。 「今回、借りようと思う物は――ずばり、これだぜ」 マヨヒガの、幸運をもたらす数々の調度品。これこそが、今回の得物だった。 幸か不幸か。 偶然は幸せも呼び、不幸せも呼び込む。 彼女達が、幻想郷屈指のトラブルメーカーを筆頭とする四人組みがターゲットに定めた、内と外の境界――マヨヒガ。 水面下で蠢く陰謀が、或いは彼女達を呼び寄せたのかもしれない。 隠せば隠そうとする程、強大であれば強大である程、世界はそれを放置しない……のかもしれない。 マヨヒガは今、欲望渦巻く万魔殿(パンデモニウム)と化していた。 彼女達が巻き込まれたのは、最早、必然だったのかもしれない。 「貴方が何故、此処に居る……答えてください! お師匠!」 銀髪の少女は、悲痛な響きをほんの少しだけ孕ませた、慟哭のような声で眼前の人影へと呼び掛ける。 しかし、呼び掛けられた影――厳しい面で佇む老年の男は、無慈悲な程に、静かに呟いただけだ。 「――言葉は不要」 打刀と短刀。 独特の構えを、妖夢が見間違える筈が無い。魂魄流――扱える者は恐らく、この世にも冥界にも二人しか存在しないであろう、幻の剣術。 魂魄妖夢の剣の師にして、実の祖父――魂魄妖忌が放つ殺気は、間違い無く本気のそれだった。 「往くぞ、妖夢」 「!?」 たった、それだけの言葉が耳朶を打った、刹那。旋風のような剣の鬼は、既に妖夢の眼前へと肉薄していた。 因幡てゐ。 行動派の彼女は目を離せば、いつも何処かへと出掛けている。 だから、目の前にそのてゐが佇んでいる事自体は、鈴仙にとって別段、驚くべき事ではない。 「……いくらなんでも、それはちょっと物騒過ぎやしない?」 その白い手に握られた、無骨で凶悪な鉄塊――回転式機関銃を除いたならば、だったのだが。 「ふふっ……カラミティ・ジェーン≠熕^っ青な代物でしょう?」 慣れた手付きで巨大な得物を、これ見よがしに大仰に構えて見せる、てゐ。 やんわりとその顔に浮かべているのは、まさに無垢と呼ぶに相応しい、真っ白な笑み。 しかし鈴仙は知っている。彼女は詐欺の常習犯であり、ポーカーフェイスに掛けては、トラブルメイカー揃いの少女達の中でも屈指の実力者だと云う事を。 「……悪いけど、結構本気で行くわよ?」 だから、だからこそ。鈴仙は鋭く、威嚇するかのように言い放つ。 対する因幡の言葉は、自信と覇気に満ち溢れた物だった。 「ふふっ……上等さァァァァ! れぇぇぇぇいぃっせぇぇぇぇんんんんっ!」 獣の咆哮を思わせる、連続した凶悪な銃声が、辺り一帯に轟いた。 仄かな茶の香りが、その部屋にゆったりと漂う。 西行寺幽々子と八雲紫は、湯飲みを手にし卓袱台を挟んだ状態で、静かに対峙していた。 「……紫。今回は一体、何を企んでいるの」 「あら、何の事かしら?」 「とぼけないで」 二人の顔に揃って浮かぶのは、美しいまでに緩やかな微笑みだ。頬も、瞳も、全てが笑みへと傾いた状態で尚も語り合う。 「式とその式。魂魄妖忌。もう一人の妖怪因幡。それに、あの人間……何を考えているのかしらねぇ、本当に」 「何でもないわ、ただの気紛れよ」 艶かしく、それでいてあどけなくも映る紫の笑みは、悪戯を思い付いた童女のそれとよく似ていた。 「そう……何でもないのよ、本当にね」 いつの間にか、共に追われる羽目となった二人の少女。 「そういえば、自己紹介がまだだったな」 黒白の魔法使いは、根拠も無く湧き立つ自信を漲らせながら言葉を紡ぐ。 「私は、霧雨魔理沙って言うんだ、よろしく」 太陽のように図々しく、そして明るい笑み。 魔理沙が差し出した手の動きは、本当に自然な物だった。 「――稗田、阿求です」 柔らかい手で、握手を交わす。 少女――阿求の微笑みは、花開く蕾を思わせた。 「これ以上、あの鼠達の好きにはさせない」 紫尽くしの、半眼病弱魔女。 「あの隙間妖怪の企みは、この際、後回しよ……今日は喘息の調子も良いし、とっておきを見せてあげる」 魔女の周囲に光の粒子が出現、そのまま収束し、やがて宙を画く魔方陣へと変化する。 形成された術式を満足気に見やりながら、パチュリー・ノーレッジは分厚い魔法書を開いた。 「覚悟なさい、霧雨魔理沙。今度こそ、引導を渡してやるわ」 炎が渦巻き風が波打ち、土は蠢く。そして金は瞬き輝き、水は流れて轟いた。 今宵。彼女の五行に、死角は無い。 「やがて、全ての役者が一同に揃う時」 神社の境内から、巫女は空を見上げる。 「私の願いは、見事に成就する」 厳かなまでに、静かで重厚な宣言。それと同時に、巫女の身体が滑らかに浮かぶ。 博麗霊夢は上空を見上げたまま、何処かへと飛び去って行った。 |
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