「妖夢、以津真天って知ってるかしら?」 「以津真天ですか? 一応、一般的な知識としてなら知ってはいますけど……」 「じゃあ説明してみて〜」 広い広い、白玉楼の庭。 取り立てる事も無い主従二人の会話は、今日も唐突に始まりを見せました。 「えっと、確か鳥……五メートルを超える程に巨大な、怪鳥と言われています」 「ふむふむ」 「頭部は人間、又は鬼に似ており、身体は竜か蛇。鳥の翼と鳥の足を持ち、その足には剣の様に鋭い鈎爪を持っている……」 「続けて」 「この以津真天、という特徴的な名前は、鳴き声の『いつまで、いつまで』に由来していると言われます。何故そう鳴くのかというと――」 「もう良いわ、概ね合格ね」 朗らかに笑う、桜色の髪の少女。 それより幾分か背の低い銀髪の少女は、はぁ、と気の無い溜め息を漏らします。 「にしても幽々子様。急に以津真天の事を聞いてくるなんて……それと、何が合格なんですか?」 「気紛れ。合格というのは、適当よ」 「……たった、それだけですか?」 「や〜ね〜妖夢ったら。それ以上は、揺さぶっても出て来やしないわよ〜」 「…………」 ふわふわふわふわ。 言動も体躯もふわふわしてる主人に、従者は溜め息を禁じ得ません。 「――その以津真天だが、別の姿形をした奴も居るらしいな」 ふわふわでも幼いでも無い、凛とした声。 軽やかな音と一緒に、空から金色が降って来ました。ついでに、小さな猫耳も。 「あら、紫の所の……今日はどうしたのかしら?」 「実は、酒の肴に燻製を作ってみたのですが、いささか多く作り過ぎてしまったので……良かったら、どうですか?」 「あらあら、美味しそうね〜」 桜色の少女の言葉に、尻尾を振る猫耳の少女が、満面の笑みを浮かべます。 式神としての主である、金色の少女が作った料理。それを美味しそうと言われるのが、純粋に嬉しいのでしょう。 自分の事の様に、嬉しそうに笑みを浮かべていました。 「……ところで、先程の以津真天の事なんですけど……別の姿、とは?」 「ああ、それなんだがな」 銀髪の少女に、金色の少女は説明を始めます。 ちなみに燻製は、猫耳の少女に預けておきました。桜色の少女の注意も、自然とそちらへ向かいます。 「何でも、巨大な蛇の様相をしているらしい。表面を覆うのは、鱗では無く羽毛の様な物だとか。ちなみに翼は無いらしく、這いずって移動するとの事だ」 「へぇ〜……随分と、違うんですね」 「おまけにこの以津真天は、自分の尻尾を加えて身体全体で輪を描くと、その状態のまま身体を動かして車輪の様に回り始めるんだと」 「? 何故、その様な事を?」 「そうして一定の時間を操って、同じ時を永遠に繰り返させる為さ……聞いた話ではこの類の以津真天、同じ行動を繰り返す生物が生み出す『何か』を、栄養とするらしいんだ」 「……『何か』、ですか?」 「そう、『何か』だ」 銀色と金色。 二人とも、難しい顔をしていますね。 「だから、その以津真天は時間を繰り返させ、これと定めた生物に同じ行為を繰り返させるらしい……自らの餌とする為にね」 「もしかしてそれ、『向こう側』の以津真天かしら?」 何時の間にか話を聞いていた桜色の少女が、ふわふわしながら鋭く割り込んで来ました。 「話としては存在するのに、此処では未だに見た例が無い……はてさて、一体どうしてなのかしらね〜」 「……さあ? 私としても、よく分からない事です」 おどけた仕草で、金色の少女は肩をすくめます。 不意に、その服が下から引っ張られました。 「藍さま〜」 見てみると、猫耳の小さな少女。 普段は元気一杯なのに、今みたいにそんな困った顔をしなさんな。 上目遣いなその視線に、金色さん、ちょっと胸キュンしちゃいますよ? 「ん? どうした、橙?」 「………………お腹、空きました」 見計らった様に、何かが小さく轟く音。 だけどそれは、猫耳の少女からではありません。 「ふふっ、妖夢もお腹が空いたのかしら?」 「あ、いえ、そういう訳、では、あり、いや、あるか、も…………みょん」 音の原因は、顔を真っ赤にして俯いてしまいました。 ふわふわと漂い、うふふと朗らかに笑う桜色の少女は、助け舟を与える様にそっと声を掛けてあげます。 「じゃあ妖夢、お昼の用意をお願いね……良かったら、貴方達も食べて行ったらどう? 燻製のお礼も、早目に済ませておきたいし」 「ふむ……それでは、お言葉に甘えて。橙、折角だから手伝って来なさい」 「へぇ〜。寝ている紫を留守にしているのに、気楽に決めちゃうのね〜」 「紫様が寝ている今だからこそ、気楽に出来ちゃうんですよ」 「でしょうね」 示し合わせた様に、二人は笑い合いました。 建物へと、横に並んで足を進める銀色と猫耳の二人は、何処か仲が良さそうに見えます。 見方によっては、年の離れていない姉妹に見える……訳が無いですね。髪の色云々からして、流石に無理がありそうです。 それでも仲が良さそうに見える事実に、何ら変化はありません。それこそ、微塵もありません。 「……妖夢も、妹が欲しい年頃なのかしらね〜」 「橙こそ、そろそろ姉が欲しいと感じているのかもしれません……私や紫様では無くて、もっと気楽に付き合える、背丈の近い姉が」 二つの後ろ姿を見送る、金色の少女と桜色の少女。 少女とは言っても、見送られてる猫耳と銀色の少女達に比べると、やっぱり重ねてきた年月は多いです。 だから二人の呟きは、何処か母親の様に穏やかで温か味に満ち溢れていました。 広い広い庭に、颯爽と風が吹きます。 冥界の空気はうそ寒いものですが、何故か心地良くも感じるから不思議です。 「それじゃあ、私は中で待つ事にするわね……貴方は、どうする?」 「もう少しだけ、此処で風に当たっておきます。少々、考えたい事もありますし……」 「あらそう、ではお先〜」 天真爛漫。 そう呼ぶに相応しい笑顔で、桜色の少女は建物へとふよふよ歩いて行きます。 金色の少女は、柔らかな微笑みでそれを見送り続けます。細められた金色の瞳には、静かで優しい光が瞬いていますね。 やがて、桜色の少女が建物へと姿を消し。 視線を移した金色の少女が、ゆっくりと天を仰ぎ見て。 「『向こう側』の以津真天、か。あの連中、今はどうしているのやら」 八雲藍は、頭を覆う特徴的な帽子を、やや乱雑に剥ぎ取る。 その全身から満ち溢れるのは、血生臭くも誇り高い、野を駆ける獣の覇気。それが冥界の静けさを掻き毟り、完膚なきまでに掻き乱していた。 「八百万機関だったか――いや、確か今は、別の名前で通っている筈だな」 名を口にする度に、狐の耳が疼き、九つの尾が微かに脈動する。 かつては陰陽寮として存在し、この大和の国に蔓延る魑魅魍魎を駆逐してきた、決して表に出る事は無い裏の組織。 不意に、藍の口の端が吊り上がる。 「ふふっ、何故だか懐かしい……あれ程まで戦火を交えたというのに、まだ私は物足りないか」 くつくつと、乾いた声が漏れ出す。 他ならぬ、八雲藍の口から。 めきりめきりと、肉の裂ける不快な音が響く。 他ならぬ、八雲藍の掌から。 ゆらゆらと、蒼白い死者の炎が自然と灯る。 他ならぬ、八雲藍の尾から。 「丁度良い。久方ぶりに、奴らを訪れてみるか……ふふっ」 破顔一笑。 九尾の狐は、此処では無い何処か遠くを見る眼差しで、天を仰ぐ。 獣の様に獰猛な。 妖の様に残虐な。 或いは、その両方を兼ね備えた様な。 そんな笑みで口の端をニィと吊り上げながら、八雲藍は哂った。 「都市伝説なんて色々ありますよ。古くは神隠しとか、最近では半分がお酒で出来た桃源郷とか」 青年は、歩きながら呟きました。 そして注意が逸れてしまった為、一匹の肉っぽいバッタの様な昆虫を、遠慮無く踏ん付けてしまいました。 「カ……カマドウマ!!」 |
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