風情皆無な星月夜




 握り締めるのは、家を飛び出す前から愛用している、古ぼけた一本の箒。

 頭に被るのは、いつから着けているんだかも憶えていないくらい、ずっと前から使っている、黒くてくたびれた鍔の広い帽子。

 その、いかにも魔法使いが被っているような帽子を、魔法でしっかりと頭に固定しているか確認する――良し、大丈夫だ。

 これで、いつかみたいに帽子が風で飛ばされる、なんて初心者魔法使いでもしないようなミスをしてしまう事は、絶対に無いだろう。





 次に、小さな八角形の物体が腰に取り付けてあるのを、確かめる。

 一見するとタダの骨董品かガラクタにしか見えない、しかし実際にはとてつもない威力を秘める、マジックアイテムの一種だ。

 腰にしっかりと備えてあるのを確認した後は、出力や増幅の確認だ――うん、これも大丈夫。

 確認の際に、少しばかり傍にあった木が消し飛んだ気がするが、たぶん気のせいだろう。

 他にも、符やら服の汚れやらを、色々と確かめてみる――大丈夫、問題は無い。





 満足気に頷いた私は、闇色にでん、と居座る【ソレ】と顔を合わせる。

 見上げる必要もないくらいに大きくて、不自然にこっちを見返してくる、微妙に普段とは違う、丸い月。

 ――【ソレ】があの場所に居座って、もう半刻。

 一向に動かない月に魅入られた為か、魔力がざわめく様に波打ち、取るに足らない魑魅魍魎は馬鹿みたいに騒いでいる。










 明けない夜は、無い。

 当たり前のはずのその言葉が、目の前の光景によって、ものの見事に打ちのめされていた。










 私は、確かめに行くことにした。

 ほんの好奇心から、見てくる事にしたのだ。





 明けない夜は、誰が引き起こしているのかを。

 あくまで、誰が――それだけを確認する為、だけに。

 理由や訳などは、この夜を明けさせてから、幾らでも聞いてやるつもりだ。

 その前に、まずは見つけて、次に撃つ。

 それだけを、私は今この時も、考えている。





 思考は、あくまで数秒。

 内に秘める、たぶん物騒な思考を面に全く出さずに、私は大地を軽やかに蹴った。

 そして宙に舞うと同時に、握り締めた箒に颯爽と跨る。





 瞬間、私を引っ張る見えない手が、何処かへと喪失する。

 私を……恐らく、地上に這い蹲る全てを捕えているのであろう何者かの束縛が、呆気なく消し飛ばされる。

 我が物顔で傲慢なオモリは、私の箒と魔力で、為す術無くその牙を抜き取られる。





 この時が――感覚が――何かが外れる瞬間が、私はたまらなく好きだ。

 何よりも速く――

 何処までも遠く――

 そして、ほんの一握りの者しか見る事の許されない、流れゆき置き去りにするモノ達を、垣間見ることが出来るのだから。





 ――おっと、余韻に浸っている場合では、無いか。

 私がこうして、悪戯に時間を弄んでいる間にも……月と夜は、図々しくあそこに、居座ろうとしているのだから。

 主の命令を待っているかの様に、その場から少しも動いていない箒へと、私は強く確実に念じる。










 ――飛べ。今宵、私と星になろう。










 流れゆき置き去りにされるモノ達が、星になった私達を、祝福してくれた。






































 ――原因は、何てことは無かった。

 あいつらだったから――私もよく知る、とある二人だったからこそ、私にとっては何でも無かった。

 夜を止めるという、それなりには珍しい異変も、あの二人だったら簡単に納得できた。

 何故なら私が出会った二人にとっては、夜を止めるなど造作も無い事だったのだから。





 それが分かれば、取るべき行動はひとつだ。

 すなわち、先程も言ったように、撃つ。

 理由や訳は、後から幾らでも聞いてやるつもりである事も、先程と全く変わりはない。

 例え、原因が私のよく知る二人であっても、何ら変わりは無い。





 撃つと動く。

 それだけだ。





 ひとしきりの、問答だか脅迫だかよく分からない、言葉のドッジボールの後は、いつも通りの【弾幕ごっこ】の幕開けだ。

 向こうは二人に対し、こちらは一人。

 一目で見るなら、圧倒的に私が不利だろう。

 ――まあ別に、負けても何か支障がある訳でも無いのだが。

 それでもやるからには、勝つべきである。

 むしろ、負ける気なんか、私には砂一粒だってあるはずが無い。





 ……先程の『こちらは一人』という私の言葉だが、早速訂正させてもらう。

 何故なら私には、一本の古ぼけた箒がある。

 いつから使っているか分からないくらいの、くたびれた黒い帽子がある。

 小さくて便利な機能もたぶん搭載された、愛用のマジックアイテムがある。

 念の為、と普段より多めに準備してきた、幾枚かの符がある。










 そして何より、私を含めたそれら全てが、今宵は星になる。

 終わらない夜を引き起こした本人達も数え切れないくらいに大量の、煌き合い照らし合う、天上の松明となる。





 恒星、惑星、衛星、新星、流星、そして――彗星へと。

 今宵、私達は、星になる。










 箒で駆ける。

 夜空を、

 闇色を、

 終わらない夜を。

 箒に跨り、私は駆ける。

 星を生み、自分も星へと為りながら、私は縦横無尽に駆け巡る。

 全てを振り払い、その全てへと微笑みかけながら、私は駆け巡る。





































 私の名前は、霧雨魔理沙。

 霧の雨など辛気臭いものは、私が絶対に吹き飛ばしてやろう。

 この箒と帽子とアイテムと符と共に、がむしゃらに駆け巡って消し飛ばしてやろう。





 今宵、私は星になろう。

 永遠の夜を縦横に切り裂き、明滅する極光で丸い月を薙ぎ払おう。





 ――そして私は、彗星になろう。

 全てを貫きながら星を生み出す、彗星となろう。





 私の名前は、霧雨魔理沙。

 至って普通な、魔法使いだ。





もどる