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確かに、昔の私は自信に満ち溢れていた。 人間も妖怪も畜生も、全てが私より下の存在に見え、この爪で等しく全てを引き裂き阿鼻叫喚に埋められると、信じて疑わなかった。 実際、誰も彼もが私を怖れた。恐怖して、萎縮して、成す術も無く――私がこの手で、物言わぬ血肉へと還してやった。人間の国も妖怪の理も、そして畜生の摂理も一切関係無く、私は多くを殺めてきた。 血の臭い、肉の感触、悲鳴の連鎖。それらこそが、当時の私を満たしてくれる――最高の、馳走だった。 だから、なんだろうな。 しつこく食い下がる、全てが入り乱れた軍勢に深手を負わされた時は、怒りと怨みで腸が煮えくり返る想いだった。 愚物の分際で――そんな想いが、首筋で怨嗟の熱となってとぐろを巻き、眼球の裏側では怒号が炎となって火花を散らしていた。 我ながら、中々に強情だったよ。 天蓋を覆い隠すほどの破魔矢に射られ、触れれば肉をも焦がす結界で幾重にも縛り付けられ、終いには人間の武具と妖怪の爪牙で無数に穿たれながら――それでも私は、彼らを憎む事しか出来なかった。 恐怖と、それ以上に力強い想いが瞬くその瞳を見ても、私は彼らを、侮蔑の哄笑で見返す事しか出来なかった。 やがて、私の身体が瘴気と毒霧を吐き散らす魔石となり、長い長い年月の後に粉々に砕かれて――紆余曲折の末に、今に至る。 あの頃に抱いていた怨嗟の念も、今ではだいぶ落ち着いているよ。 正直に言えば、昔の自分よりは――今の自分の方が、圧倒的に好きだ。 怨み辛みばかりを思い描いていた時とは、やはり、見えてくるものが違うからな。安寧とした日々に身を委ね、季節の移ろいをゆっくりと眺めるのも、悪くない。 それに――昔には無い、大切なものも見つけられた。 失いたくない、それこそ命を賭してでも守りたいものを、私はここに来て、ようやく見つける事が出来た。力の大部分を失い、式神という格下の地位に納まっても、それでも――私は、今が良いんだ。 故に私は、昔の私など要らない。 傷付け引き裂き、喰らい殺めるだけの謳歌など――この八雲藍には、必要無いんだ。 ◆◆◆ 「……ふむ。片割れとは言え、白面も堕ちたものだな」 「堕ちたつもりなど無い。私は、私の信念に従って、動いているだけだ。それに私は、九尾の片割れでも無い」 「…………」 「私の名は、八雲藍だ。偽りでも何でも無い、これが私だ。それを今更、白面だの九尾だのと……必要も無いし、求める事も無い。私は、ただ私としてのみ、生きるだけだ」 「――さて、どうだかなぁ。一つ聞かせろ、八雲藍」 「なんだ」 「貴様はいつまで――後どれだけ、その名前で生きて往けるのかな?」 「ほぅ……私も随分と、馬鹿にされたものだな。見くびるなよ、下郎」 「…………」 「無論――この身この心、全てが朽ち果てるその時まで、だ」 |
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