「ひ、ひぃっ!?」 情け無い悲鳴と共に、その吸血鬼は部屋の出口を目指した。まるでそこが、エデンへの入口であるかのように恥も外見もかなぐり捨てて、必死の形相で手を伸ばす。 だが―― その手を、見えない何かが弾いた。 「な、何なんだ……何なんだよぉぉぉ!? これはぁぁぁ……あぁ、あぁぁ……あぁぁぁあああぁあ!?」 悲鳴を上げながら、吸血鬼は尚も脱出を試みる。さらに手を伸ばし、殴り掛かり、遂には身体ごとぶつけながら、一心不乱に部屋の外を目指す。しかし無情にも、その全てが悉く不可視の何かによって阻まれ、それ以上先へと進む事は叶わない。 「結界さ、化物……何だ、そんな事も知らないのか?」 落ち着いた、明らかな侮蔑を孕ませたその声は、部屋の奥で佇む人影の物だ。眼鏡の奥で揺らめく碧眼に何処か好戦的な感情を漂わせながら、いま一人の人物――ロザリオを首から提げたその男は、ゆっくりと吸血鬼に向かって歩み始めた。 「その程度で、よく吸血鬼になれたものだな……とんだ御笑い種だ、面白味も何も無い。恥を知れ、フリークス」 こつり、こつりと、律動的に足音を響かせながら、男は近付いて行く。その顔に鬼気迫る笑みを貼り付け、両手に握り締めた得物――祝福儀礼済みのバヨネット同士を、これ見よがしにぎりぎりと擦り合わせる。 「ひ、ひやぁぁぁぁあああああああ!」 瞬間。 恐怖に耐え切れなくなったのか、慄きの表情をした吸血鬼は男へと掴み掛かった。いささか迫力に欠けるとは言え、身体能力に優れた吸血鬼である。通常の、或いは多少なりとも身体に自信がある程度の人間では、恐らく一瞬でミンチにされてしまうであろう腕力と瞬発力を以って、刹那の間に男を薙ぎ払う―― 「Dust To Dust 塵は塵に。塵に過ぎない、お前等のようなミディアンズは……大人しく、塵に還れぇぃ! AMEN! (そう、あれかし!)」 だが、崩れ落ちたのは他でも無い、吸血鬼自身だった。頭頂部から股下に向かって、すっぱりと両断されたその顔に浮かぶのは、驚愕と恐怖とが絶妙に混ざり合った表情――しかしそれも、男の言葉通りにすぐさま塵芥と化し、夜の闇へと消え去っていった。 「……ふんっ、弱過ぎる。楽しむ間も無い」 それに向けて男は、心底、退屈そうな顔を惜し気も無く体現しながら、静かにそれだけを呟いた。 既にその部屋には、彼以外に何も見当たらない。主を失った服の残骸と、バヨネットに付着した赤黒い命の証。それだけが、此処に彼以外の何者かが存在した事を、誰よりも雄弁に物語っていた。 |
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